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広島高等裁判所 昭和51年(う)272号 判決

本籍

広島県佐伯郡宮島町五六六番地

住居

広島市高陽町大字翠光台一番地の三五四

会社役員

金子隆昌

大正一二年一一月二八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年九月二八日広島地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官稲垣久一郎出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人河合浩作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は広島高等検察庁検察官稲垣久一郎作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点について。

論旨は要するに、原判決は被告人が昭和四六年分、同四七年分の各所得税を逋脱したと認定し、いずれもこれを有罪としているが、昭和四六年分の収入金のうち、申告されていなかつた三四三万五、一八二円及び同四七年分の収入金のうち、申告されていなかつた広電緑井団地関係の一二三万三、四四〇円、同年分の支払手数料のうち、水増し計上された一五〇万円については、いずれも被告人の帳簿が不備であつたための申告洩れにすぎず、被告人に逋脱の犯意はなく、また昭和四七年分の収入金のうち、エヌケー・プレハブ株式会社(以下NKという)及び丸善石油不動産株式会社(以下丸善という)の石内団地関係の二、三二五万円については、そのうちの五七五万円は昭和四七年一一月一三日佐々木好夫が直接日本国土開発株式会社(以下国土開発という)から受領し、残額一、七五〇万円は同月二四日一崎好夫が直接国土開発から受領しており、右佐々木好夫、一崎好夫はそれぞれ受領した右金員を各自の所得として所轄税務署に所得申告しているのであつて、被告人としても自己の所得とは考えなかつたためその申告をしなかつたもので、被告人に逋脱の犯意はなかつたと思料され、さらに昭和四七年分の収入金のうち、前記NK、丸善の石内団地関係の三、六六二万五、〇〇〇円及び一、九三一万二、五〇〇円の合計五、五九三万七、五〇〇円については、被告人は国土開発から昭和四七年中に現実に受領していないし、また受領することになつておらず、昭和四八年になつて受領したものであり、従つて右金員は昭和四八年分の所得税逋脱犯は成立しないというべきであるから、これらの点で原判決は事実を誤認している、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば原判示各事実を認めるに十分であるが、以下順次考察する。

(一)  申告洩れであつて逋脱の犯意がないとの主張について。

所論は前記のとおりであつて、昭和四六年分の収入金勘定科目並びに昭和四七年分の収入金及び支払手数料各勘定科目の一部につき、被告人に逋脱の犯意がないというのである。しかしながら本件のようないわゆる過少申告逋脱犯の犯意は、納税義務者が計数的に正確な所得額ないし逋脱額を認識しなくとも、実際の所得額より過少である所得額と、これに対応する税額を記載した確定申告書を税務署長に提出することの認識(いわゆる概括的犯意)があれば足りるというべきであり、個々の勘定科目毎に逋脱の犯意の有無を審究する必要は毫も存しない。これを本件についてみるに、原判決挙示の関係各証拠によると、被告人は収入金の一部除外、架空領収書の作出等により所得を秘匿し、昭和四六年、同四七年の各確定申告に当り、実際の所得額よりも過少な所得額とこれに対応する税額を記載した確定申告書をそれぞれ所轄税務署長に提出していること明らかであり、原審第一回公判において、被告人自身右各確定申告に際し所得を過少申告したことを認めているだけでなく、原判決の挙示する被告人の検察官に対する昭和五〇年二月一八日付供述調書によると、右各確定申告のとき被告人に前記概括的犯意があつたことを優に肯認でき、これに反する被告人の原審及び当審における各供述はいずれも信用しがたく、犯意を否定する所論は採用できない。

(二)  自己の所得と考えなかつたので逋脱の犯意がないとの主張について。

所論は前記のとおり、昭和四七年分の収入金勘定科目のうち、NK及び丸善の石内団地関係の二、三二五万円について逋脱の犯意を否定する。しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によると、原判決が「本件各争点に対する判断」の第二、一の(一)(原判決八丁目裏末行から同一一丁目表二行目まで)において詳細に判示しているとおりの事実が認められ(但し原判決一〇丁目裏六行目の「同年一二月一三日」とあるのは「同年一一月一三日」の誤記と考える)、このような石内関係の斡施作業における被告人の地位、斡施手数料等の分配割合の決定権限等に徴すると、本件における斡施手数料等は一括して被告人に帰属すべきこと明白であり、さらに前掲証拠によると、佐々木好夫及び一崎好夫が国土開発へ金員受領に赴く際は、いずれも事前に被告人から国土開発に連絡し、被告人の代理として同人らに受領させたもので、その分配についても指示したこと等が認められ、これらを総合すると、被告人が右金員(合計二、三二五万円)を自己の所得と考えていなかったとは到底認められず、むしろ自己の所得であることを十分知つていたとみるのが相当である。而して被告人に逋脱の犯意があつたというべきことは既に(一)において説示しているとおりであつて、所論に添う被告人の原審及び当審における各供述はいずれもにわかに措信しがたい。

(三)  逋脱犯不成立の主張について。

所論は前記のとおりで、要するにNK、丸善の石内団地関係の合計五、五九三万七、五〇〇円は、被告人が昭和四八年に受領したもので同年分の所得であり、従つて昭和四七年分の所得税逋脱犯は成立しないというのである。ところで、原判決挙示の関係各証拠によると、石内団地関係の第一期中間金として昭和四七年一一月一三日に一、〇〇〇万円、同年一二月六日に一、一二五万円が、第二期初回金として同年一一月二四日に三、八六二万五、〇〇〇円が(以上合計五、九八七万五、〇〇〇円)、第二期中間金として昭和四八年二月一〇日に一、九三一万二、五〇〇円が、それぞれ施主から国土開発に入金され、右合計五、九八七万五、〇〇〇円のなかから前記佐々木好夫、一崎好夫によつて合計二、三二五万円が受領されていること(従つて右残金は、三、六六二万五、〇〇〇円となる)、また具体的な金額はともかく、被告人としても右と同程度の自己において請求できる金員が国土開発へ入金されていることを知つていたことがそれぞれ認められる。そこで、昭和四七年中に既に施主から国土開発に入金された右三、六六二万五、〇〇〇円が被告人の同年分の所得となるかどうかについて検討するに、所得税法は一定の収入金額が生じた時期を決定する基準として現実収入主義をとらず、所論のいう権利確定主義を採用しており、同主義によれば、原則として請求権の行使が法律上妨げられない限り、その発生のとき(即ち契約の成立したとき、もしくは契約が効力を生じたとき)をもつて権利確定の時期とするのが相当と解されるところ、前記のとおり施主から国土開発に入金されている以上、それは施主からの国土開発に対する支払義務の履行であり、換言すれば、被告人の国土開発に対する支払請求権が既に発生していることを示しているとみるのが妥当であるから、被告人が昭和四七年中に右金員を受領していないとしても、それは被告人の同年分の所得というべきである。次に第二期中間金として、昭和四八年二月一〇日に施主から国土開発に入金された前記一、九三一万二、五〇〇円について判断するに、前掲証拠によれば、右中間金の支払時期は「開発見とおし時」という約定でやや漠然としているが、実際には、国土開発からの請求があつたとき、施主において被告人の仕事の進捗状況を査定したうえ中間金の支払いをする意向であり、右査定に当つては一応半分以上の所有権移転登記が完了していることを目安としていたこと、また施主である前記NKは、昭和四七年一一月二〇日ごろ八億円の資金を調達し、かつ被告人の仕事の進捗状況からして第二期中間金の支払いに応じられる態勢を整えており、施主が右中間金を昭和四七年中に支払わなかつたのは、国土開発からの支払請求ひいては被告人からの国土開発への請求がなかつたためであること、同年一二月二七日には窓口である五日市町に対し開発許可申請書も提出されていること、さらに被告人は国土開発を通じて施主に対し、「いるときに請求するから、それまでほつておいてくれ」等と申し向け、斡施手数料等の国土開発への入金を遅らせたい旨の意向を伝えていたこと、被告人は旧制の商業学校に約三年間在籍していたことがあり、かつその後衣料品販売業等を営んで、ある程度の税務知識を有していること等が認められ、これらの事実を総合すると、昭和四七年中に第二期中間金の支払時期が到来し、被告人から国土開発への、国土開発から施主への支払請求権は発生しており、被告人もその事実を認識していたものと推認するに十分であつて、記録を精査しても当時被告人が右請求権を行使するに妨げとなるべき事情があつたとは窺えないところであるから、たとえ被告人が昭和四七年中に前記一、九三一万二、五〇〇円を受取つていなくても、これは被告人の同年分の所得とみるべきであり、右認定に反する被告人の原審及び当審における各供述はいずれも信用しがたい。従つて右各金員の合計五、五九三万七、五〇〇円が被告人の昭和四七年分の所得にならないことを前提として、逋脱犯が成立しないという所論は採用しがたい。

以上説示したとおり、原判決の判断は正当で所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

論旨は要するに、原判決の量刑不当を主張するものである。

そこで所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討するに、本件は、被告人が原判示第一記載の日時場所において、広島南税務署長に対し昭和四六年分の総所得金額等を過少申告し、もつて同年分の所得税二五六万八、一〇〇円を逋脱し、さらに原判示第二記載の日時場所において、右税務署長に対し昭和四七年分につき前同様の申告をし、もつて同年分の所得税四、二七二万一、五〇〇円を逋脱したというものである。被告人はいわゆる宅地造成ブームに乗じて多額の所得をあげるに至り、収入金の一部除外、架空領収書の作成等の方法で本件脱税をしたもので、その逋脱額は合計四、五〇〇万円余りにも達し、これによつて得た不当な利益を妻以外の女性との不倫な関係の費用にあてる等し、さらに本件発覚後課せられた更正決定に対し、被告人は全くその履行をしていないのであつて、これらをあわせ考量するとその責任は重く、所論指摘の被告人に有利な諸事情を十分斟酌しても、原判決の量刑はやむを得ないところで重きにすぎ不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 干場義秋 裁判官 岡田勝一郎 裁判官 横山武男)

○ 昭和五一年(う)第二七二号

控訴趣意書

所得税法違反 金子隆昌

右被告人に対する頭書被告事件について、弁護人の控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和五一年一二月一五日

右弁護人 河合浩

広島高等裁判所第四部 御中

原判決は、被告人を懲役一年及び罰金一、〇〇〇万円、三年間懲役刑の執行を猶予する旨の判決を言い渡したが、右判決は以下述べる理由により、事実の誤認及び量刑不当の違法があるから破棄を免れないものと思料する。

第一、事実誤認

一、逋脱犯の成立要件について

原判決が本件で適用した法令の所得税法第二三八条第一項は、租税犯のうちいわゆる逋脱犯(実質犯)といわれるもので、狭義の逋脱犯 本件は正にそれである は納税義務者に詐欺その他不正の行為があり、

その行為と脱税との間に相当因果関係が存在するほか、脱税の認識(犯意)を要する。

すなわち、詐欺その他不正の行為を伴わないいわゆる単純不申告のような消極的な行為は処罰できず(最高裁昭和二四年七月九日・昭和三八年二月一二日各判例)、さらに租税犯も刑法一般の原則に従い犯意ある行為のみが処罰され、犯意のない行為は法に特別のある場合(例えば印紙税法一四条及び各税法の両罰規定)に限つて例外的に認められており、いわゆる過失犯を処罰しうる規定はない。

二、個々の争点について

前記のような逋脱犯成立の要件を前提に原判決が罪となるべき事実として認定し被告人が争つている問題点(争点)について検討してみると、

1. 原判決が認定した昭和四六年度分の収入金のうち申告されていなかつた三四三万五一八二円と昭和四七年度分の収入金のうち申告されていなかつた広電緑井団地関係の一二三万三四四〇円及び同年度分の支払手数料のうち水増計上された一五〇万円については、いずれも被告人の帳簿が不備であつたための申告の不備申告洩れであり(原審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四二二丁表ないし一四二五丁裏)、これらはいわゆる単純不申告というべきもので、徴税の対象とはなりえても処罰の対象としての逋脱の犯意はなく、逋脱犯としては成立の要件を欠くものである。

2. 原判決が認定した昭和四七年度分の収入金のうち、エヌケー・プレハブ株式会社及び丸善石油不動産株式会社(以下NK・丸善と略称)石内団地関係の二三二五万円については、そのうち五七五万円は昭和四七年一一月一三日佐々木好夫が直接日本国土開発株式会社(以下国土と略称)から領収しており、一七五〇万円は昭和四七年一一月二四日一崎好夫が真接国土から受領しており、右佐々木好夫・一崎好夫の両名はそれぞれ受領した右金額(両名合計二三二五万円)を各自の所得として所轄税務署に所得申告しており(原審第八回公判調書中被告人の供述・記録・一四二六丁表ないし一四二九丁表、佐々木好夫の大蔵事務官に対する質問てん末書・記録四〇二丁表ないし四〇四丁表、佐々木好夫の検察官に対する供述調書・記録四〇七丁表ないし四〇九丁表、原審第四回公判調書中証人一崎好夫の証言・記録九一四丁裏ないし九一六丁表)、したがつて被告人としては右両名がそれぞれ所得申告するものと信じていたものであり、被告人が右金額(二三二五万円)について自己の所得と考えないで所得の申告をしなかつたのは当然のことで、被告人には逋脱の犯意がなかつたものと思料する。

3. 原判決が認定した昭和四七年度分の収入金のうち、前記NK・丸善石内団地関係の三六六二万五〇〇〇円と一九三一万二五〇〇円の計五五九三万七五〇〇円については、被告人は国土から昭和四七年度中に受領しておらず、また同年度中に被告人が受領することにはなつておらず(原審第七回公判調書中証人佐々木朝海の証言・記録一一〇四丁裏ないし一一一三丁表)、昭和四八年度に入つて受領したもので、被告人はその事実のとおり昭和四八年度分の所得として間違いなく所得の申告をしており(原審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四二九丁裏ないし一四三六丁表)、したがつて被告人の主張どおり昭和四八年度分の所得と認定すべきもので、逋脱犯は成立しないものと思料する。

なおここで附言すると、原判決は、所得税法は所得の基礎となる収益の帰属時期の決定基準として、収益の発生を認識しうる事実を標準とする発生主義を採つているとし、収益計上の時期についていわゆる権利確定主義によつているが、そもそも右の権利確定主義は徴税技術上の便宜に立つもので「所得なきところ課税なし」とする所得税法上の原則に対する徴税技術上の著しい修正であり、現実の課税に当つては衡平の見地から所得の実態に即応した方法が認められて然るべきで、課税適状(ある課税年度の所得に対して課税するについては、収益の一部が納税に当てられる実情に鑑み、それが課税されるに適した状態が現出されていること)が大いに考慮されなければならず、まして本件においては前記証人佐々木朝海の証言によつて明らかなとおり、本件で争点となつている前記所得金額(五五九三万七五〇〇円)については、国土から昭和四七年度中に被告人が受領することになつておらず、したがつて原審が採用した権利確定主義を適用すること自体に無理があると思料する。

第二、量刑不当

被告人は自己の逋脱部分について深く反省悔悟しており、罰金刑二回以外には前科がなく、有限会社金子興産の代表者として正業に就いており、家庭には病弱な妻と大学及び高校に通う二人の男の子がおり、被告人は文字どおり一家を支える柱である。

ところが、最近の事業界とくに不動産業界の異状なまでの不況のため、被告人の会社は大幅な赤字決算で、役員報酬も受けることができず、生活に困窮しており、原審が言い渡した一〇〇〇万円もの多額の罰金はとうてい支払うことができない実状である(原審第八回公判調書中被告人の供述・記録一四三七丁表ないし一四四四丁表)。

そこで、罰金刑については、これを併料しないかきわめて大幅に軽減するなどの格別のご配慮を賜わりたく上申する次第である。

以上

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